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人と音と共に・・・

 私が音楽家を目指した時、中学の音楽教師が送ってくれた言葉「人と音と共に」。

 

 私は小さな頃からピアノを学び、13歳からヴァイオリンを学び、

 その時何の根拠もなかったのだ が、ヴァイオリン奏者を目指し、自分なりに前に進んだ。

 しかし、もちろん簡単な道ではなく、色々な壁にぶち当たった。

 そんな時、必ずたくさんの方々が力をくれたり、道案内をしてくださった。

​

 その後、アメリカに渡り時は過ぎ、そして日本に帰国し1年経たないうちにドイツで研鑽を積んだ。

 名門オーケストラ、一流演奏家との研鑽は、世界を更に輝かしいものにしてくれた。

 パレスチナでの教育活動、バレンボイム基金での活動を通して、命のあり方、

 人間のあり方まで感じた。そんな戦地で働く私に「鬼子母神守」を授けて下さった、

 鎌倉比企谷妙本寺八十世貫首様。

 「人々に腕を広げていらっしゃい。後ろは守ってあげるから。

 そして何時までも音楽と共に人の近くにいなさい」

 中学の音楽教師が言ってくれた言葉と同じ内容だった。 

 

 日本、ドイツ、アメリカでの活動が始まってからアメリカで私を救い上げてくれた恩師、

 サーン・オリバー。

 師と共演や、仕事を共にするようになった。そんな時手紙をくれた。

 "We are not teacher and student anymore.

   We are musicians. but When you want to be a student again,

   you can always come back to me. I`m always here for you."

 

 やはり同じ心を、同じ様な内容の言葉を送ってくれた。

 私が小さい頃から親から、祖父母から、中学の音楽教師から、ご住職から、

 そして私の恩師から送られた言葉は共通していた。

 

 音楽は人が生み出したのだから、どんなに歴史を重ねても、人の近くに自分が存在し、

 音を奏で続けよう。

 

 僕の恩師達も、親友達もそうであるように、自分が自分であり、感謝して、音を奏で続けたい。

 

 2018年春

 阿部真也

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